さて、お酒も進んだことですし、少し踏み込んだお話をしませんか? 花袋さん
なになに? どんな話だよ
ズバリ、貴方の芸術の心を刺激する女神がいるとしたら……どんな方ですか?
オレは断然、清楚な美少女!
ああ、わかります。美少女が清楚さの奥のツンと冷ややかな物を秘めている姿、ゾクゾクします……
髪の毛を束ねてあらわれる真っ白な襟首と、そこにほつれる黒髪の清らかさ……
そんな少女が清楚な仮面を脱いでコケティッシュな微笑を見せる……すべての男がひれ伏す瞬間ですね
ハハハ、よくわかんねえけど、カンパーイ!
私達の女神にカンパーイ!
*toast together*
おい、あんたら! 静かにしないか!
春夫さん! いかがですか、一献……そして私達と創作について語り合いましょうよ
語り合うのは結構だがな、内容が内容だから声を抑えろ廊下まで声が響いているぞ
いいじゃん、それが創作の原動力になるんだぜ!
そうですよ。芸術家は絶えず、自分より遥か上にいる憧れの女性を夢みているものでしょう?
谷崎のそれは、もう聞き飽きてるし理解したくもないんだが……
でも、春夫にだって詩心を刺激する女とか憧れる恋愛とかあるだろ?
そりゃな、俺なら……
オヤオヤ、聞かせちゃっていいんですか?みんなの兄貴分のような貴方の印象が、ガラッと塗り替えられてしまうかも……
どういうことだ?
だって春夫さんの恋愛ってちょっと乙女ですよねえ?海辺でこぼれ松葉を集めてはしゃいだり、とか
それくらい乙女というほどではないだろ
……あはれ秋風よ 情(こころ)あらば伝へてよ……
! それは
愛する人への思いを、秋風に託す……しかも秋刀魚を食べながら思い出に浸って……涙まで流すんですもの
……誰かを思って心が乱れるのが、そんなにおかしなことか?
フフフ、どうして怒るんです。一途でいじらしい春夫さんだって、褒めてるのに
……そうか
*leaves*
春夫、待て……行っちまったか
谷崎、今のはさすがに……って、おまえ、真っ青だぞ!
*shook*
ど、どうしましょう、酔っていたとはいえ私、なんてこと……春夫さんのあんな顔、初めて見ました
あれは、完全にやりすぎだからな
私、追いかけなくては……!
……
……昨日の思い出を言葉にする時、俺は詩人になる[r] その俺の詩を谷崎は……
ねえねえ春夫。マッチ持ってない?
あっ、あ、芥川か……ほらよ
*throws the match box*
おっとと! 物を投げてよこすなんて、春夫らしくないね。どうかしたの?
いや……悪かったな、なんでもないんだ。じゃあ
行っちゃった……どうしたんだろ……
龍之介さん!
谷崎くん、どうしたの? 血相変えて
春夫さんが私に怒ったんですよ!
ん? 喧嘩したってこと?
実は……
*tells what happened*
そりゃ、ちょっと言い過ぎたかもしれませんでも、いつものことじゃないですか
春夫さんだっていつも、私の創作にドン引きしたとか理解できないとか言ってるのに
珍しいこともあるものだね昔から君たちはなんでも言い合える仲の良さなのに
……何でも言い合える、のが仲の良さだというのは、もしや幻想でしょうか現実の私達の関係はもっと儚いものだったのかも……
例えばそう、龍之介さんと春夫さんはいつだって穏やかですしねそういった友情のほうが、春夫さんにもいいんですよ……
そうだったら、よかったけど……違うんだよね
僕と春夫は親しくしてたけど、僕は彼の率直さにまっすぐ向かえないことが多かったよ
それは、田舎者で偏屈な春夫さんと違って、貴方は江戸っ子で社交性があるから……
でも君たちを見て、あんなふうにとことん意見を交わしあえればいいなって、いつだって羨ましかった
そうでしたか……龍之介さんがそんなことを思っていたなんて知りませんでした
確かに春夫さんと私は、作品についてなんでも言い合ってきましたそれは良い点を認めた上での意見と、互いに理解していたからです
でも今日の私の言い草は、作品を評するものではなかった……ただの攻撃と幻滅されても仕方がありません
さっき君は偏屈だって言ったけど、彼は繊細なところがあるからね
ええ、あの人は大らかを気取ってますけれど繊細で優しい人なんですそんな彼に幻滅されたままでいるのは、嫌です
……春夫ならさっき、庭を歩いていたから、行ってごらん
ありがとうございます、行ってきます
春夫さーん……!
谷崎、どうした、息を切らして。俺は……
さっきは、すみませんでした!
……別に、俺は何も気にしていない
貴方が気にしなくても私が気にします
あの態度は創作者としてあってはならないものでした深く反省しております……許してください
止めろ! 頭なんか下げるんじゃない……まあ、俺も大人気なかったし、大げさに受け取るなよ
許してくれるんですね?ああ、よかった……ホッとしました
……しかし、今の謝罪はなかなか男らしかったぞ普段からそんな風にしていれば、変なやつだと思われないだろうに
別に、誰にどう思われても構やしませんよ
あんた、またそういうことを……
ですが、春夫さんには信頼できないやつだと思われたくない貴方に、ずっと本当の自分を見せ続けてほしいんです
そう言い切れる潔さが、少し羨ましいな俺もそう出来れば、もっと……
誰とでも腹を割った付きあいをするのが信条の春夫さんが、 そう出来ない人というと、あの……
谷崎!
フフフ、日記にこっそりと心を記す気持ちが知りたいのなら貴方も日記を書いてみたらどうでしょう
それを覗きあうのも……いいかもしれませんよ?
日記は、気が向いたらなしかし日記を覗きあうなんて、悪趣味な着想だ
いつもの春夫さんらしい言い方。嬉しいです
なら、今夜は久しぶりに、ゆっくり語るとするか?
はい。楽しい夜にしましょうね
……ということで、昨晩、私たちはずっとお喋りしました喋りながら頂いたお汁粉の美味しかったこと!
姿が見えないと思ったらなるほどねしかし、君たちはなんだかんだと仲がいいようだ
はい。また春夫さんに会えたことは僥倖です。ただ……
ん?
真実の愛の追求について語っていたら、春夫さんどんどん真っ赤になってしまいまして
最後には、あんたにはついて行けん! と逃げていかれましたよ昨晩こそは心ゆくまで語り合えると思ったのに
相変わらずだな彼は秋刀魚や薔薇に涙をこぼすような、甘い感傷に浸っているのがお似合いだよ
そんな繊細な姿も、春夫さんの素晴らしい一面ですからね