Dazai Osamu & Dan Kazuo
おい檀、何してんだよ。置いてくぞ！
太宰……
ちょっ、なんで泣いてるんだよ。唐突だな
俺、泣いてる？
……なんでだろ、お前の後ろ姿を見てたら、急にさ
おいおい俺がいくらイケてるからって泣かなくても……って、なんで俺が慰めてるんだよ。これじゃあべこべじゃん
ああ、あべこべだ。俺らしくないよな……
……バーカ。ほら、わかってんだろ、こういう時には何をするか？
ああ、飲もう。そうしよう……
朝まで飲んで飲んで、ぜーんぶ忘れるんだよ。明日なんか知るか！
ああ、そうだ。そうだよな……
Hagiwara Sakutarou & Nakahara Chuuya
Ah, it's Chuuya-kun. You're all beaten up…… Did you lose a fight in a drunken rampage again? *
のをあある……とをあある……うん、この感じがぴったりかな……
あ、中也くんだ。傷だらけだね……また酔った勢いで喧嘩して負けちゃったの？
……なんだアンタか、珍しくご機嫌だな？
昨日の晩はいい詩が書けたから
ケッ……オレは虫の居所が悪いんだ。話しかけんじゃねー
Your compulsive obsession with isolating yourself makes you that way.
うーん、本当に君は不器用だねぇ。懐（ふところ）に短刀を入れてる子供だよ
君の、人とうまく関われない孤独な強迫観念がそうさせているんだね
……うるっせーよ、機嫌がいいからって調子乗りやがって
You should hurry and find someone who gets along with you - that illness of yours can't be cured with sake, you know.
またそうやって不平を言っちゃって
早く気の合う仲間を見つけなよ、君のその病気はお酒じゃ治らないんだからさ
年がら年中、孤独孤独いっているアンタに言われたくねーよ……
Hagiwara Sakutarou & Miyoshi Tatsuji
All of this will not darken the sky over an open field on a cold day."
…… How was that? *
往く者は荷物を積みて馬を曳き
このすべて寒き日の平野の空は暮れんとす。
……どう？
A masterpiece of masterpieces! The finest of works!
素晴らしいッス朔先生！
傑作中の傑作ッス！白眉（はくび）ッス！
本当？本当にそう思う？
Saku-sensei, you can definitely put more of your loner's heart in here! Please make it even more twisted!
はい！でもこっちの詩は駄作ッス！不自然な印象ッス！
朔先生にはもっと孤独の心があるでしょう！もっと病んでください！
ええ……酷いよ三好くん……白秋先生でもそんな酷い事は言わないよ！
At this rate, your true worth will never manifest itself, Saku-sensei! I am saying this for your sake, Saku-sensei!
あんな古い詩を書く過去の人の言う事なんて信用してはだめッス！
このままでは朔先生の真価は発揮されないんスよ！俺は朔先生の為を思って言っているんス！
…… Miyoshi-kun, you really don't mince your words.
もう、わかったよ……
……本当に三好くん、ずけずけと物を言うよね
朔先生の第一の弟子として当然の事ッス！
His anger would burn as hot as a raging fire.
そう……でもさっきのそれ、白秋先生には言わないでよね
烈火の如く怒るだろうから
Nakahara Chuuya & Sakaguchi Ango
くそっ……オレの詩を理解できない馬鹿どもめ……
おお、どうした中也。既に出来上がってるな
んあ？アンゴじゃねえか、おまえは何というムダな飲み方をするんだ！
Ohh…… Are you still sulking about how that girl you liked from the cafe was into me?
まだ何も飲んでねーよ。どこ見ていってんだ？
ああ……中也が気に入ってたカフェの女中が、俺のこと好きだったからすねてんのか
んああああ？ケンカ売ってんのかオラアッ！
あ、聞こえてたのね。しかもその右ストレート、全然届いてねーし
ふっざけんなよアンコウ野郎……っておわああっ！
Oi, Earth to Chuuya, are you alive?
あーあー、ひっくり返っちまった……
おーい、中也ー？生きてるかあー？
ううん……おまえはヘゲモニーだ……おまえは偉え……
ヘゲモニーってなんだよ、ホント中也は面白いなー
Nakahara Chuuya & Dan Kazuo
げっ檀一雄……
人の顔を見るなり「げっ」とはなんだ
お前、今でも太宰に絡んでるんじゃないだろうな
あん？オレがあいつと酒飲むのに、お前の許可がいるのかよ？
お前あいつの保護者のつもりか
なんとでも言え。太宰が正しく堕落するというなら、俺はそれを応援する
しかし太宰を傷つけるやつには容赦しない！
拳を握るのをやめろ！おまえは目が本気だから手に負えねえんだよ
中也、お前が何もしないと約束してくれればそれでいい
ちっ、面倒な奴だなあ。そんなに心配なら一緒に来て横で見張ってろよ
なるほど、それもそうだな！
よし、それじゃさっさと片付けて戻るか
あいつの首根っこ掴まえて酒盛りといこうぜ！
Kitahara Hakushuu & Saitou Mokichi
おや、随分と懐かしい相手に会ったものだ。茂吉、息災かい？
……白秋
奇妙な場所での再会だけれど、君に会えて嬉しいよ
……嬉しいだって？
But I did acknowledge the worth of your works, you know.
勿論だ。以前はつまらない派閥争いなどがあったけれど、
僕は君の作品を認めていたからね
フン……そうか
There are first-class poets and haiku-poets in this library who lived in different times.
If you get to know them, then you'll naturally come upon inspiration for new poems.
ああ。だから、これからは以前のように仲良くやろうじゃないか
図書館にいるのは、生きた時代は違えど一流の歌人や俳人たちだ
彼等と付き合っていると、自然と新しい詩が浮かんでくるよ
……お前が、他人と仲良く詩作をしているなんて、想像もできないな
ふふ。会わない間に、僕も少し変わったのだよ
You have not changed a smidgeon.
I have been watching you ever since I came to this library.
……いいや、白秋
お前は何も変わっていないよ
私はこの図書館に来て以来、ずっとお前を見ていた
You have other people at your beck and call and act like it's a matter of fact, and you use others as stepping stones for the sake of your own poetry.
And you don't see a single thing wrong with what you do.
お前はあの頃より輪をかけて傲慢になった
他人を傅かせて当然だと言わんばかりに振舞い、己の詩の為に他人を踏み台にする
それを、これっぽっちも悪いと思っていない
…………
随分一方的な物言いだね
ああ。反論してくれて構わないぞ。気が済むまで付き合ってやろう
There's a greater purpose for which we should cooperate.
……やめておくよ。君と喧嘩をするためにここにきている訳じゃない
僕らはもっと大きな目的の為に協力するべきなんだよ
With a person who would even use his friends in the library as tools?
協力？ 笑わせるな
図書館にいる仲間たちすら、詩作の道具にしているお前が
……もう黙り給えよ、茂吉
Whatever you may think, you cannot deny that.
僕は文学の為に戦っている
君が何を思おうと、それは否定出来ないはずだ
待て。何処へ行くつもりだ？
I'll go off on my own. ...... You had better watch your step carefully from now.
掴まれもしないのに、いつまでも手を差しだしているのは滑稽だ
僕は一人で行く。……君も精々、気を付けて進みたまえ
君とは、手を取り合えるはずなのに
…………ああ、私も残念だ
Hori Tatsuo & Nakano Shigeharu
しげじ、暗い顔をしてどうしたの？
It was a time I did nothing when I should have taken a stand, and people ended up dying……
辰……少し、昔を思い出していたんだ
僕が立ち上がるべき時に何もしなかったせいで、死んでいった人達のことを……
Especially for people who fought for their beliefs, like you……
……あの時代は、文学に携わる人にとっては本当に辛い時代だったね
君みたいに高い理想の為に戦っていた人は、特にね……
……辰、君はしっかりした奴だよ、自分を曲げない。信念を一度曲げた僕とは大違いだよ
I really don't think we chose such different paths.
なにを言っているんだよ、しげじ。君は生きて社会と戦ったし、僕は生きて病気と戦ったんだ
君と僕はそんなに違う道を進んだとは思わないな
Everything in the world will continue to change, but I hope that at least you never change.
……ありがたいな
世の中のすべては変わり続けるけど、君だけは変わらないでいてくれる
…… But, you better not hoard up those memories, alright?
ふふ、僕はこう見えて強情っぱりなところもあるからね
……しげじ、辛い時は溜め込んじゃダメだよ？
わかったよ……はは、君には世話になりっぱなしだね
Nakano Shigeharu & Muroo Saisei
あ、犀さん、ストップ！
い、いきなりなんだシゲ！
犀さんの足元に小さな虫がいたんですよ、踏みつけてしまうところでした
In any case, Shige, you're gentle even when it comes to small and weak guys, huh!
おお、それは危なかった
それにしても、小さく弱い奴に対してもシゲは優しいな！
So it's the other way around, you're the real gentle one.
何を言っているんですか、僕は犀さんの優しい詩を読んで影響されたのです
だから、逆ですよ、ほんとうに優しいのは犀さんです
I haven't really looked into your poetry or stories or whatever, but maybe it's true……
それは初耳だぞ？
シゲの詩とか小説は俺にはよくわからんけど、そうだったのか……
わからなくて良いんですよ。僕はただ、犀さんが身近な生活を書いたものが好きなんです
まあ、俺は学もない田舎者だし、それしか書くものがないだけなんだけどな
Nakano Shigeharu & Tokuda Shuusei
うわあ……これが有碍書の世界。書いた本の中にこんな世界があるなんて……
ここ、見覚えのあるような、ないような……
あ、それはこの小説の舞台が金沢だからですよ
なるほどね……自分が書いた小説に実際に入っていると思うと、不思議な気分じゃない？
ええ、ワクワクする反面、少し恥ずかしいですね
どうせなら、侵蝕される前の綺麗な景色の時に見たかったな……
Tokunaga Sunao, Nakano Shigeharu & Kobayashi Takiji
プロレタリア文学の同志たちの集結ばい！
ふふ、当時を思い出すね。懐かしい……
そうだな、弾圧なんかには負けず、みんな俺たちの本を求めてくれた……
そうばい、それも本を売りだしてから発禁処分になる数日の間に！
僕たちは人を、社会を動かす文学を創ったんだよね……
今だってそうだぞ重治。俺たちが頑張れば人を動かす文学が守れるんだからな
そのためにも、多喜二、しげじ、絶対に死んだらいかんばい！
うん、男同士の約束だね！
そうだ、それだけは絶対に守るさ……！
Iwano Houmei & Shimada Seijirou
おい！そこのてめー！
ん？オレのことか？
そうだよ！てめー、自分の事を精神界の帝王っていってるみたいじゃねえか
馬鹿言ってんじゃねーよ。オレがこの図書館で最強になる男だ！
てめーみたいな弱っちいやつが帝王のはずがねえ！
ふん、これだから凡くらは嫌なんだよ
オレから溢れ出すカリスマ性と闇の力がわからないんだからな
うるせー！てめーがなんと言おうとオレが宇宙の帝王なんだよ！
カリスマ性だってな、オレのほうが断然上だ！
だからてめーなんかより、かなり、超絶モテる！
は？尻に尻尾が生えたやつがモテるかよ
なんだと！これはオレのチャームポイントだ！
てめーこそ、そのジャラジャラ した鎖なんだよ！くそダッセーな！
この鎖は選ばれしものしか似合わないファッションなんだよ！
アンタには理解できないだろうがな！
やれやれ、これだからセンスのない男は……
はあ、やってらんねえ。もういい、一人でやってろよ
やっとわかったか！
凡人は凡人らしくオレに懾伏(しょうふく)してればいいんだよ
けっ、変なやつ
おまえ、絶対友達いねーだろ
Niimi Nankichi & Suzuki Miekichi
ううっ……痛いよう
転んじゃったんだね。立てる？
うん、ありがとみーくん……
南吉元気ないね。疲れちゃったの？
ううん……大丈夫
少しゆっくり歩こう。ほら、俺の手を握って
……ねえみーくん、ぼく足手まといになってるよね
どうしてそう思うの？
ぼくは体が小さくて頼りないから……
そっか。南吉はみんなの足手まといにならないように、ずっと頑張ってたんだね
ぐす……
Nankichi, your weapon delivers straight to the enemy, no matter what kind.
It flies more straight, more true than any adult.
大丈夫、足手まといなんかじゃないよ
南吉の武器はどんな敵にもまっすぐに届いてる
どんな大人よりもずっとずっとまっすぐだ
……うん
And in exchange, when I'm falling apart, then please save me.
一緒にいこう、南吉。怖い時は俺の手を握っていていいよ
その代わり、俺がくじけそうなときは助けてよ
Mii-kun, you're my hero!
ありがとうみーくん
みーくんは、ぼくのヒーローだよ
Suzuki Miekichi & Natsume Souseki
夏目先生、三重吉が来ました！
おや、鈴木君ですね。君が来るのをずいぶんと待ちましたよ
へへ、俺も先生にすごく会いたくて、走ってきました！
そうですか、体の弱かった君が……。元気そうでほっとしました
夏目先生、それはお互い様ですよ
ふふ、そうでしたね
We can have meals together and even go on trips together!
先生、またお話が出来るんですね
一緒にご飯を食べたり、旅行にも出かけられますね
そうですね。この本に平和が戻れば、そういうこともできるでしょう
やった！ 俺、めちゃくちゃ頑張ります！
鈴木君、一人で飛び出していってはいけませんよ！
Trust your friends, and gain the strength that allows you to be relied on.
我々は互いに背中を預け、協力して戦う仲間です。それは文学でも浄化活動でも同じこと
仲間を信頼し、信頼される力をつけましょう
さすが夏目先生……！ わかりました、俺、先生の戦う姿を見て学びます！
ええ、私も先達として恥ずかしくない戦いを見せましょう。見ていてくださいね、鈴木君
はい！
Saitou Mokichi & Masamune Hakuchou
ああ、イライラする……！誰も彼も私を処方箋代わりにしようとする
…………
あ……しまった。失礼、聞こえてしまったか
いや、俺は構わない
すまない……人前で患者の愚痴を言うなど、あってはならない事だ
…………別に
医者だって人間だろう。甘ったれた奴に頼られれば、愚痴のひとつも言いたくなるだろう
幸い俺は患者じゃない。……多少の愚痴なら、聞き流してやる
貴方はなんと心の広い方なのか……！
いや……そんなに感激されるほどのことでは
貴方のような人ばかりであればどれほど良いか……本当に、本当に有難う！
But whenever they run into trouble, they go on and run their mouths, saying "Doctors have a duty to save us!"
お言葉に甘えて言わせてくれ、あいつら全く医者の言う事を聞かないくせに
困った時は「医者には俺たちを助ける義務がある」などと宣いやがって！
Well, if that were all, I would forgive them. BUT, then they overdose and have the nerve to be like "God!! Doctor-sama, please help me!"!?!?
I'm TRYING to save you! In fact, I am! So much that I'M the one who wants THEM to save me!!
徹夜して考えた治療計画を拒否して破綻させる、ベッドから手を出して「薬」と呼びつける
その程度ならまだ許そう。だが、大量服薬して「神様、お医者様、助けて下さい」だと！？
私は助けようとしてる！しているとも！お前が私を助けてくれと言いたいくらいだ！
…………
ああ……すっきりした
今日は久しぶりによく眠れそうだ。やはり人と話すのは良いな
そうか……
まあ……また聞いてやるから、話にくるといい
有難う、正宗さん……貴方のお陰で、肩の荷が軽くなった
お前も大変だな……
Shimada Seijirou & Tokuda Shuusei
おい、秋声じゃねえか！！！！
うわあああ
ふっ、この邂逅は定められし運命……
どうしたんだよ、大きな声で、飛び上がっちゃったじゃないか
ああ秋声、こんな世界は間違ってる！！
話聞いてる？
アンタだけだ、オレを理解できるのは…… 周りの凡くらどもは頭からっぽ！ 何もわかっちゃいない！
And you know, you better be cognizant of what's gonna happen if you yell out that kind of stuff like an idiot in such a small library......
はあ……人のことをそんなふうに言っちゃいけないよ
そもそも君ねえ、こんな狭い図書館でそんなことをバカでかい声で叫んでたらどうなるかくらい……
……アンタも凡くらどもと同じことを言うのか？ 俺をバカだと
……そんな事言ってないでしょ。微塵もね
まあいいや、凡くらどもに興味はない。それよりも侵蝕者とやらだ、帝王の力を見せつけてやる……
はあ……また騒がしい人が増えてしまった……
Kitamura Toukoku & Tayama Katai
ねえ、花袋くん……もしかして、僕のこと避けてる？
えっ？ そんなことねえよ。避けてないって！
そんな理由ねえし
そうかな……でも、こうやって近寄ると……
あ、ちょ、ちょっと
ほら……やっぱり……僕のこと避けてるでしょ
はっきり理由を言ってよ
えーっと……その……
君は、ここに来る前から縁のある数少ない友達だから
嫌われたくないんだ。悪い所があったら言ってくれないかな
……い、良い匂いがするから
え？
近づくと女の子みたいな良い匂いがするし、そのひらっとした
服のせいか、おまえが男だって分かってるのに、ついドキドキしちゃうんだよ……
流石に気まずくてさ……慣れるまで離れておこうと思って
ドキドキしちゃうから、僕のこと避けてたの？ 嫌ってたわけじゃない……？
当たり前だろ！
フフフ……花袋くん可愛い！ どうやったらドキドキするか、もっと詳しく教えて？
や、やめろって！ あーもう、近い、近すぎるよ！
Kunikida Doppo & Kitamura Toukoku
なあ北村、アンタなんでそんな格好しているんだ？
直球だね、でも聞いてくれてありがとう
実は特にこれといった意味はないんだけど……楽しいからかな
ほら、僕ってこういう顔立ちだし、可愛い衣装も似合うじゃない？
着飾るのが楽しいのか？
うん、楽しいよ。それに便利だし……
人間って外面で判断しちゃうから、周りの反応が目に見えて変わるよね
なるほどな……服装で扱いが違うからって発想はなかったぜ
ものは経験だ、俺も試しにやってみるかな
わー嬉しい。興味を持ってくれたんだね。じゃ、僕の道具を貸してあげる
きっと綺麗になるよ。独歩くんに似合う服を選ぶの、楽しみだな
くっくっく……おもしれえな。今度サプライズでやってみるか
独歩くんの常識に縛られないところ、とても素敵だと思うよ
ははっ、ありがとよ
俺は人を外面で決めつけずに、ちゃんと知りたいってだけさ
親友の親友だけに、なおさらな
……そう。僕も君のこと、少しずつでいいから知りたいな。藤村の親友の独歩くん
ああ、仲良くしてくれよな
Uchida Hyakken & Natsume Souseki
漱石先生！ 先生に、折り入ってお願いがあります
なんですか、百閒君。まずは聞くだけ聞いてみましょう
尊敬する先生にこんなことを頼むのは恐縮ですが……
いつも歯切れのいい君がそこまで言い渋るということは、お金が必要なんですね？
ああ、そんなはっきりと……でもそうです
貸すには貸してあげるけれど、何に必要なお金なのか聞いても構いませんか？
俺が遊びに使うための金です。漱石先生に金を借りられたら、
一等車の切符を買って少し遠くへ旅行しようと思っています！
それはそれは。なにか遠出の用事があるのですか？
用事はなにもないんですが、ただ汽車に乗りたいと思いまして
ああそうなんですか。君は汽車がなにより好きでしたね
はい！ すぐ傍の駅に蒸気機関車が立ち寄ると聞きまして、
もういてもたってもいられず、あわよくばそれに乗って旅行に行きたいんです
なのに今財布を開けたら、元手が足りなくて！
おやおや、少し落ち着きなさい
ふむ……なるほど。不要不急のお金ではないのですね
はい！
それなら貸す方も気楽ですから、貸してあげましょう
返済はまとまったお金が出来てからでいいですよ
ありがとうございます漱石先生！ やはり先生に相談してよかった！
Akutagawa Ryuunosuke & Uchida Hyakken
百閒さん。……どうしたの、暗い顔をして
龍之介。漱石先生のところで、紅茶が出たときのことを覚えているかい
「内田は舶来物の茶の味が分からないんだな」と皆に笑われた話だよ
え？ うーん……そうだね、そういうこともあったかな
それがどうかしたの？
先ほど食堂で、たくさん紅茶の缶を抱えている人に出会ったんだ
百閒さん、暇さえあれば食堂にいるんだね……。それで？
その人は「この紅茶こそ僕たち英国人の求めていたものです！
これで僕たちの食事も救われます」と大喜びの様子でね
まあさぞかし美味いんだろうなと興味深く見ていたら、快く分けてくれたんだよ
うん……、百閒さんに見つめられたら、皆そうなるだろうね
俺も大喜びでその紅茶を飲んでみたんだよ
しかしなにが違うのかわからなかった。濃くすれば良いというものでもないらしい
それでなんとなく気分がしょげている
百閒さん、それは淹れ方の問題じゃないかな
茶葉を海外から取り寄せるほどなんだから
その人は茶器や水にも並々ならぬこだわりを持っていると思うよ
そうか！ 慧眼だな龍之介
後でその人を探して本場の美味い紅茶を飲ませてくれって頼んでみよう
英国人ならお茶会をよくやっているだろうし。一緒に行かないか？
え……招待されないお茶会に相乗りするなんて、僕は気が引けるから遠慮するよ……
そうか？ では俺一人で行ってこよう！
相変わらずだなあ百閒さんは……
Leo Tolstoy & Fyodor Dostoevsky
今、どうなったの！？ もう一度、もう一度お願い！
ったく……さっきから何度やらせるんだよ
How on earth are you able to do that!
だって、コインが生きているみたいにフェージャの手を転がるんだもの
どうやったらそんなことができるの？
はっ、そりゃ人生の場数の差だよ
ねえ、僕もできるようになりたいな。教えてよフェージャ
はあ？ ったく何を言い出すかと思えば……
そうだな……一番大事なのは精神修行だ。まず金に慣れ親しまねえといけねえな
慣れ親しむ……っていうと？
You were one of the richest men in Russia, but it wasn't your own money, yeah? So you don't know just what money is.
金を手に馴染ませるってことだよ
お前はロシア有数の金持ちだっただろうが、自分の金じゃなかったろ。つまり金の何たるか知らない
For that, gambling is best, let's go to a betting place and join a match!
お前自身の金を使い込んで金ってものを知る
そのためにはギャンブルがいいな、賭場に行ってひと勝負と行こうぜ
な、なるほど……だけど僕としては、賭け事は……
じゃあ諦めるんだな、この話は終わりだ
*leaves*
あっ、待ってよフェージャ！
もう、適当なことを言って誤魔化して……もっと仲良くなりたかっただけなのに
Alright, now that I've decided, time to get right to practicing!
そうだ。こうなったら自分でなんとかできるようになって、見返してやろう
よーし、そうと決まれば早速練習だ！
Charles Baudelaire & Arthur Rimbaud
セボン！ やはり負の感情が渦巻くところは心地よい
幸せな子供時代を過ごした家に帰ってきた……そんな安心感だ
そういえば、ランボー……キミを拾ったときもこんな感情の風が吹き付けていたときだったかな
パンとワインを与えて……ふふっ、我ながら奇妙な、メシアの真似事だったね
あの時聞いた、兄貴の詩は衝撃だった。雷だったよ
ああ、そうだ。ワインの詩を贈ったのだったね
今日、空間は輝きにみちわたる！
銜（くつわ）もなく、拍車もなく、手綱もなしに、
葡萄酒の背にまたがって出発しよう
夢幻（ゆめまぼろし）の神々しい空へ向って！
鎮めるすべもない海洋熱（かいようねつ）に
責めさいなまれる二人の天使さながら、
朝の青く澄んだ水晶のなか、
はるかに遠い蜃気楼を追ってゆこう。
………………………………
……僕は兄貴の詩が好きだよ
人はパンなしに三日生きることができても、詩なしには決して生きることができない
兄貴がそう言ったから、僕は僕が何者か……
ノン！ それ以上はいけないよ。詩人は他人に自分の秘密を教えたりしないものだ
ただ僕らは、黙ってそれぞれの信じる生き方を実践していこうじゃないか
……うん、兄貴
Ernest Hemingway & F. Scott Fitzgerald
ふん、どいつもこいつも他愛のない
不満そうだな、アーネスト
そんなにスリルが欲しいなら、一人で侵蝕者共と踊ってろよ
くだらない冗談だ。俺が退屈しているのを知っていて言っているだろう
そうだな。ニコニコ愛想を振りまいていても、つまらなそうなのは俺にはわかるし
……ここはまともに喧嘩もできないような、軟派なやつらばかりだ
お前が硬派すぎるんだっての！
あのなあ、アーネスト。スリルジャンキーの脳筋思想はもうやめとけよ
時代遅れだって、そんなんじゃ今はもうモテないぞ
スコット……俺の信条を侮辱するのか？文句があるなら表へ出ろ
No way！ボクシングが趣味のお前にケンカ売るなんて
そんな自殺行為するわけねーだろ
これはちょっとした忠告さ。作家の客観的な観察に基づく……な
ふん。俺の忠告を聞かなかった奴が俺に忠告、か
だからこそ、だ。時代は変わる。お前だって知ってるだろ
そうだな……ある意味では、お前は正しいのかもしれない