The Book of the Dead[]
柳田、折口信夫
の名を、君は覚えているだろうか
彼の本を救ってやってくれないか
折口、ですか……
……ええ。彼の事はよく覚えています
今、折口の本が危機に晒されているのですね？ 分かりました、俺が行きましょう
ありがとう、助かるよ
侵蝕が進むと、本の中にいる文豪の魂も存在が危うくなる
……彼等はとても不安定な存在だからな
ほう……そうなのですね
折口の本が侵蝕されきってしまう前に、君が転生してくれた事は幸運だった
生前から繋がりのある者が、本の世界を彷徨う魂を見つけてくれる事が多いんだ
君の事も頼りにしているぞ！
ええ……
……館長、我々はほぼ無傷で柳田君の本の世界から戻ってきた
我々も彼の補助について行こうと思うのだが
ああ、それはありがたい。実は、先に潜書した者達がまだ戻っていなくてな……
少しでも人手が欲しいところなんだ
そうか……危険な状態になる前に、彼らを見つけたいところだな
君たちには引き続きご苦労だが、よろしく頼む
皆で折口信夫の『死者の書』を浄化し、折口信夫の魂を転生させてやってくれ
分かった。行こう、柳田君
はい！ よろしくお願いします
Worry[]
なんと禍々しい……立っているだけで全身が怖気に包まれてくる
びりびりとした空気が張り詰めて、呼吸が苦しく感じますね……
それにこの場所、とても寒いデス！ 先に潜書した鏡花サンたちは大丈夫デショウか？
まず彼らを探してみましょう。館長から預かってきた導きの歯車……これで見つかるはずだが
反応がないな……
仕方がありませんね。地道に歩いて探すとしましょう
鏡花サーン！ 北原サーン！ 斎藤サーン！
いたら返事してクダサーイ！
……どうした柳田君。迷っているのか？
鴎外さん……どうしてそう思うのですか？
先程、館長と話していた時の君の反応が気にかかってな
館長が「折口君を救ってやって欲しい」と言った時、
君が一瞬返事を躊躇ったように見えた
折口君は君の弟子だと聞いていたが……以前、何かあったのではないか？
…………俺と折口の間で起きた事を、一言で説明するのは難しいのですが
彼とは長い付き合いがあり……その間何度となく対立し、衝突を繰り返していました
研究者として考え方が合わない所があったのです
……そうだったのか
彼もまた、俺の事を師と呼び、その後を追いつつも、俺の意に添うことはなかった
……彼は俺と同じ物を見ながら、全く違う世界を発見して行った
そのため、学者として違う道を行く事になったのです
それは、君にとっても折口君にとっても辛かっただろうな
ええ……その時は辛かった。ですが、今彼の本が危機に瀕していると聞いて
過去の事に拘っていてはいけないと思ったのです
彼の本は、古代人の心を現代に伝えようと力を注いだ研究者の知恵と努力の結晶だ
失えば、俺にとっても、この国の学者にとっても、大きな損失になる
しかし、その必要があるなら、俺はこの身に代えても、彼の本を守るつもりです
……折口くんを思う、貴方の強い気持ちが伝わってきました
実際に身命と引き換えにしてもらっては困るが、その心構えは良い
その思いを大切に持っていて下さい
ここでは、思いの強さが、何よりも強力な武器になります
はい……分かりました！
Memories Going on Rampage[]
…………………………
ドン ドン ドン
そちらは行き止まりだ
！
鬼ごっこは終わりにしよう
…………………………
白秋、敵の退路を塞げ！
君に指図されずとも、既にやっているのだよ……
ドン ドン ドン
ふむ、君は攻撃してこないのだね
攻撃の意志がないのか、それともなにか策があるのか……？
白秋、気を抜くなよ。相手は侵蝕者だ。何をしてくるか分からない
やたらと命令してくるね……耳障りだよ、茂吉
苦情は後にしろ。戦場では一瞬の気の緩みが死につながるのだ
…………………………
斎藤さん、北原さん、ご無事でしたか！
泉さん。僕らは無傷だよ
そうですか、良かった
神聖な折口さんの本を荒らした不届き者……
あなたの事を許す事は出来ません
ゐ……ゐ……
ここから速やかに消えて下さい
！！
北原さん、斎藤さん、援護をお願いします
……せめて苦しまぬよう慈悲を
任せてくれ
逃がしはしないよ
これで終わりです！
……イズミ、せんせい……
あなたも、私をお忘れになってしまったのですね……
人々は私を忘れ去り、私の言葉は誰にも届かない……
この世界も……ただ消えて行くだけが宿命……
光が戻る事はない……
泉さん、敵の動きが止まっているうちに、トドメを！
…………………………宇ウうウウウウウウウウうう
ああああああああああああああああああああああ！
何が起こっている……！
皆さん、構えて下さい！ 何か来ます！！
▲■■▲✕✕ーーーーーーーーーーーーーー！！！！！
Evil Spirit[]
う……なんという力だ……こんな力を隠し持っていたとは
泉君……返事をしろ……泉君……！
……気を失っているようだ……茂吉、彼を連れて逃げないと……次は
皆さん、大丈夫ですか？
斎藤君、立てるかね。俺の腕に掴まれ。泉君もだ
おお、助けに来て下さったのですね……！
行きましょう柳田サン。悪霊退治デス……！
はい……！
…………………………ヤナギタ、サン……
…………………………
……消えて行った……
柳田君、あの侵蝕者を追いましょう
しかし……
手負いの者は俺が面倒を見る。今はあの侵蝕者が優先だ！
……分かりました、鴎外さんを信じます
漱石さん、八雲さん、行きましょう！
随分遠くまで来マシタが……一向に見当たりマセンね
ええ、此処に来るまで出会ったのは雑魚の侵蝕者ばかりでした
奴は一体どこに……
霧が濃くなってきマシタよ
足元に注意して進まなければいけませんね
…………オヤ？ 柳田サン？
柳田君……いたら返事をして下さい！
夏目サン、どうしマショウ……
探すのです、出来るだけ早く。柳田君が一人で敵に出会ってしまう前に……！
Spirited Away[]
お二人とはぐれてどれくらい経ったか……
この場所では時間の感覚が鈍くなるようだな
……霧が晴れてきた
さっきまではなかった建物がある。立派な黒門の家だ……
牛と豚を飼っている形跡があるが、家人がいる気配はない
不思議だ。これはまるで……
入っても良いものだろうか。敵の罠という可能性もあるが……
……『遠野物語』で感じたような、侵蝕者が発する嫌な匂いはしない。中に入ってみよう
……やはり誰もいないか
む……この部屋は……
一見長閑な秋の景色だが……なにか異常な気配に満ちている
神への供物を置く台に収穫物が供えられており
窓からは真っ赤な彼岸花が群生している庭が見える……
墓地や死人を連想させる彼岸花は、神聖なものから遠ざけるのが普通だ
そこに神への供え物が……ふむ
ここは、聖なるものと邪なものの境目にある空間……ということかもしれないな
ガタンッ
誰だ！？
ピィ……
敵か……こんなところまで来るとは
ピィーーーー
あっ、待て……！
……まあいいか、別に害はないようだし……
さて……探索を続けるかな
あの……
！
あの黒いの、追っ払ってもろてありがとうございました……
あれが恐くて、表に出られなかったんです……
君は……折口じゃないか！
はい……せんせ、ご無沙汰しております
Nirvana and This Life[]
無事だったんだな、良かった
皆、君の事を心配していたんだ
皆、と言いますのは……？
ああ、そうか。君はまだあの人たちの事を知らないんだな
俺と一緒にこの世界に来た人たち、あの人たちは「文豪」なんだそうだ
今は、俺もそう呼ばれている……まだ実感は薄いのだが……
せんせも……そうですか……
そして、君もだ。この場所を出て、現世へ転生すれば、君も「文豪」としての力を持てるらしい
それでなにを……？
さっき黒い禍々しいものがいただろう。奴らは侵蝕者と呼ばれていて、この本の消失をもくろむ者達だ
あの侵蝕者を倒すのが、文豪の役目だそうだ
…………………………
そうですか……
折口、君も俺と一緒に来ないか？ これからは文学を守る仲間として、共に戦ってほしい
いいえ
いいえ……参りません
現世に置いてきた物は、その世界に生きている人たちの物
今更どうなろうと……正直、私にはどうでも良い事なのです
私の望んだ物は、此岸にも彼岸にもなかった……
これ以上、生に執着もありませんから
…………………………
……君の本に影響を与えられた者達からすると、それは寂しい事だろう
君の本は今も外の世界で大事に読み継がれている
貴重な研究資料であり、君にしか書けない唯一無二の文学だと、俺も思う
私がおらんかったら……そこに違う人が座る
誰かが似たような事をいずれやるでしょう。それが研究の世界ではありませんか
…………それでも……俺は、俺たちにしか残せない物があると思っている
もう少し考えてみてくれないか
…………………………
…………せんせ、愚かな弟子をお許しください
え……？
私はせんせと一緒には行かれへん……
ここを離れられない理由があるのです……
さっきこの世界に来はった別の方たちと遭遇して……私は……
Orikuchi transforms into his tainted form...
あの侵蝕者が、君だったと……！？
あの人たちの名を呼んだら、急に思い出が蘇ってきて……その後はなんも覚えてへんのですが……
私は取り返しのつかない事をしてしまったのでしょう……
記憶が蘇ってきたせいで、混乱したのではないか？
皆許してくれるさ。心配なら俺から説明する。気に病む事はない
罪のない人を傷つけてしまった……私は許される資格のない人間です
もうあんな惨い事せんように……私は誰にも会わず、静かに暮らしたいのです……
折口！
私の事は、どうか放っておいてください……
Regrets[]
待て！ 行くな、折口！
……………………
こんな姿に変わり果てた私の事は……見捨てて行って下さい
この不肖の弟子の最後のお願いです……せんせ
いいや、それは出来ない
どうして……
俺は、ずっと後悔していた。あの時……学者として君と対立する事になった時、君との対話を諦めた事を
互いの研究は知り尽くしている。これ以上の相互理解は不可能だと、決めつけてしまった
A flashback starts...
……この論文に書いてある事は認められない
何故でしょう。まだ推論の域を出ない所もありますが、私は確証を持って……
君はつながりのない物を想像で結び付け、荒唐無稽な世界を作り上げようとしているように見える
……また「マレビトは私の想像の域を出ない物だ」と仰りたいのですね
そうだな……確証のないものを信じる事は難しい
判別が出来ない所がある。これでは俺を納得させることはできない
ご自分の目に見えるものしか、受け入れるつもりはないと言いたいのではないですか
！
…………これ以上は話しても平行線のようだな。この話はやめにしよう
…………………………
The flashback ends...
あの時、道を違えた為に、俺は君が見出してくれた重大な課題と向き合う貴重な時間を失った……
残った課題を永遠に手元に置いたまま、この世を去るしかなかった
それがずっと心残りになっていたんだ
もう二度と同じ気持ちを味わいたくない
……………………
俺は君以上に、対等に学問の話を出来る相手はいないと思っていた
時に俺の頭を遥かに超えて行く発想を出来るのは君だけだ
折口、俺はまだ君と話し足りない事が山ほどあるんだ
一緒に本の外の世界へ出よう。共に民俗学の真理を追究しよう
……………………私は……
自我を失って、目につく物を攻撃し、傷つけるだけの存在
人が作り上げてきた物を無残に蹴散らし奪う輩
あの侵蝕者のようになる事が、君の望みであるはずがない
……………………
そない言うたかて、今更……
君は、誰になにを言われようと折れない強い意志を持っていた
それを思い出すんだ。君なら自分の意志で踏みとどまる事が出来るはずだ
Marebito[]
俺は今、ある仮説を立てている
人が作りあげた文学を守る者……文豪たちの存在についてだ
彼らは本の世界では魂の存在となり、自在に武器を用いて悪しき輩を打ち倒す
そして現実世界では、肉体を持ち、人知れず社会に溶け込んでいる……
へえ……それは
俺は文豪達の話を聞いて、すぐにそう思った
せんせ……私の「マレビト」論を覚えていて下さったんですか
君の語る「マレビト」より、強い力と影響力を持っているようだ
私はまだ文豪の皆さんの事をよう知りませんけど……
「マレビト」は常世の世界から時折来て、悪しき霊から人々を守るため顕現した御霊……
常世が本の世界、現世が人の社会と考えるならば……
「マレビト」はせんせの仰る「文豪」と似ていますね……不思議な事ですが
これはまだ仮説にすぎない。もっと資料を集め、文豪達の本質を知って
現代に生きる「マレビト」がなんたるものかというところまで踏み込んでみたいんだ
その為にも、君の「マレビト」論の事やこの世界の事を、もっと良く知りたいと思っている
昔、私の言葉を否定されたせんせが……そんな風に言うてくれはるなんて……
Orikuchi turns back to his normal self...
…………………………
元に戻って良かった。なんともないか、折口
……はい……
The Ones Who Solve World's Mysteries[]
私の荒れ狂った姿をご覧になっていたのに……
俺が君に怯まず対峙できたのは、この世界に来たからだな
『死者の書』の世界に……ということですか
ああ。文字を通して想像していた物が、肌身に感じられるようになり
君がこの話を書きながら、どんなものを想像していたのか、より実感を伴って分かるようになった
感覚の世界が実感になった時、君が感じていた恐れや不安、虚無感が伝わってきたよ……
一人で抱えているのは、さぞ辛かっただろう
…………………………
そうですね……でも、そのお陰で、たくさん思いを巡らす事が出来ました
あの侵蝕者たちが何を伝えようとしているのか……私はそれを知る術を探しておりました
まだ何物も掴めておりませんが、彼らの言葉は、古代の神々の言葉に似ているようです
ほう……そうか。それは興味深い発見だな
彼らと出会いを重ね、対話の方法を模索し続ければ、いつか……
武器を通してでなく、心から彼らを理解できる日が来るやもしれません
それが、彼らと同じく身を落とした私の役目ではないかと思っております
穢れや禁忌に触れた者に手を差し伸べてやりたいと……
いいんじゃないか。とても君らしいと思う
侵蝕者と文豪には、かなり近しい部分があるようだ
彼等を知る事は、我々自身が何者であるのか、という事を解き明かす手段でもあるだろう
人に教えを乞い、戸惑いながらも先達の後を追うと、まだまだ学ぶ事があってな
……俺もまた小僧のような心持ちに戻って、一から勉強するつもりだ
新たに目の前に開かれた世界で、まだ見ぬ民俗学の真理を解き明かしたいと思うんだ
仲間として、ぜひ力を貸してもらいたい
はい……お供させてください
侵蝕者と文豪。それぞれの研究を深め、共に「マレビト」の謎を解き明かそう
ええ……
せんせ……これからどうぞよろしくお願いします
ああ。よろしくな、折口
さあ、仲間の元へ行こう！
館長、今戻りました。折口も一緒です
柳田……ちょうどよかった。その様子、うまくいったようでなによりだ
一時ははぐれてしまって、どうしたものかと困っていましたが……
柳田くんがなんとかやり遂げてくれました
紹介しますよ、彼が折口信夫です
……ええと……どうぞよろしゅう
怪我をしていた人達は補修室にいるそうデス。みなさん、折口サンの事を案じていマシタよ
顔を出してやると良い……折口君の事を案じていたからな
分かりました。有難うございます
A New Path[]
皆さん……私が分かりますか
折口さん！
わあ……泉先生、びっくりしました
ああ。失礼、思わず
潔癖症の泉さんが、手を握るなんて……
……それだけ心配していたのですよ。あの侵蝕者に飲み込まれ
本とあなたの魂が消えてしまうのではないかと、気が気ではありませんでした
……御心配おかけして、えろうすんませんでした
気にすることはない。君が無事なら構わないさ
釈、君は怪我をしていないか？ なにかあったら遠慮なく言ってくれ
私は、どこも……皆さんの方がよっぽど酷い目に……
……ほんまに……申し訳ない事を……
信夫君、疲れてしまったのかい？
いえ、違うんです……私は、皆さんに謝らなければ……
……………………
折口さん。あなたを救うために、僕たちは覚悟して潜書しました
危険な目に合うのは当然起こり得ること
その原因が実はあなただったとしても、僕たちには関係ありません
だから、これ以上この話をすることはありませんし、遺恨もありません
あなたもそのつもりでいてください
……我々は皆、人に助けられて此処にいる身なのだ。君も恥じる事はない
君が立ちあがる手助けが出来たのなら、僕らは満足だよ
……皆さんのお心の広さに……心から感謝します
僕にはあなたとお話ししたい事がたくさんあります
また古い怪異の話を聞いてもいいですか？
ええ。もちろん。喜んで
僕も歌会のお誘いをしようと思っていたのだよ。牧水や勇が喜ぶだろう
ここには子規先生や、左千夫先生もいらっしゃる……アララギの方にも顔を出してくれ
ええ……
皆さん、これからどうぞよろしくお願いします